2019年12月17日
『子供が稀に天使になれることについて』
今、茗荷谷の駅前のカフェにいる。
目の前のテーブルに座っている男の子がお母さんがトイレに立った後、大きな声で数を数え始めた。きっと100数える前に戻ってくる約束なのだ。
23.24.25.と数えている声を聞いているとふいに、いつかのカフェで出会った小さな女の子のことを思い出した。
その子は、デュセルドルフのスペイン人が経営するカフェに家族と共にベビーカーに乗ってやってきた。僕が一人でいつものようにコーヒーを飲みながらとりとめもなくメモ書きなんかを書いていると、カランコロンっと家族連れが5人くらいでやってきて一瞬にして賑やかな感じになった。
その子の保護者の方々は店の人と知り合いらしく、女の子をベビーチェアに座らせると、なにやら楽しそうに雑談を始め、しばらくするとみんなでカウンターの奥へと消えてしまった。
周りが静かになったので、僕が目をあげると、ちょこんとベビーチェアに座った彼女と目があった。
こういうシチュエーションってあんまりないなっと思いながら、僕が彼女を眺めていると、彼女が、さっきまでの子供っぽい感じから、すーっとその空気を変えて、一人の自立した人間としてそこにいることに気づいた。
あれっ?と僕は思った。そして目を離さずに彼女を見ていると、彼女は僕と合わせていた目を天井の方に向けて、それからすっと腕と手のひらを宙にふわっと舞わせて美しいソロダンスを踊り始めた。
その踊りは、まさにこっちが息を飲んでしまうほどに美しいものだった。一言でいうと、天的で神聖な空気がそこにあった。そんなに長いこと彼女は踊っていたわけではなく、長さにしたらきっと1分くらいのものだったけれど、僕にとっては濃縮された、本当に特別な時間だった。
踊り終えると彼女は、あっけにとられて眺めていた僕の方を見て、「ね、いいでしょ?」
という感じに微笑んだのである。
僕は、この子はいったい何を知っているんだろう?っと少し怖くなるくらいに不思議な気持ちになった。
するとすぐに家族の方々がワイワイとカウンターの奥から席へと戻ってきた。そして彼女は僕の目の前でみるみるうちに小さな女の子に戻って、さっきまで天使のように踊っていたことを忘れてしまったかのように、家族と普通に食事を始めた。
たぶんこの話は、きっともう10数年以上前のことで、クリスマス前後、冬の日の夕方頃のことだったと思う。ふと思い出し、想いを馳せている。